■Professional Voice 第3回
刺身の「つま」の大根、ほんとは「けん」って言います♪
荒川 文子(あらかわあやこ)
魚がしコンシェルジュ
野菜ソムリエ上級プロ
睡眠改善インストラクター
(一社)東京築地目利き協会常務理事
皆さま、こんにちは。荒川あやこです。
魚を生で食べる国は世界でも珍しく、日本独特の食文化といえます。中でも「お造り」は日本が誇る最も美しい料理です。新鮮な魚と包丁と技術、器とあしらい…すべてが相まって五感に響く食の芸術となるのです。
今回は刺身に添えるあしらいの「つま」についてお届けします。
刺身のあしらいには、「けん」と「つま」と「辛み」が使われます。これらを総称して一般に「つま」と呼ばれています。
【けん】野菜を千切りにし冷水でパリッとさせたもの
大根、ニンジン、瓜、ラディッシュ、カボチャ、ミョウガ、長ネギ、うど など
【つま】刺身。に彩りを添え、季節感を表現する役割
紫蘇の葉、花穂、小菊、紫芽、紅蓼、防風、花丸胡瓜、姫竹、海藻類など
【辛味】わさび、生姜、ニンニク、梅肉、柚子胡椒 など
また、最近ではエディブルフラワーの種類が増え、とても華やかです。中でも大根や紅菜苔(こうさいたい)の花などは、既知の野菜としての「実」や「葉茎」が、実はその後に咲く花も楽しめる…というように畑に思いを馳せたり、植物としてのストーリを楽しみながらの食事は心に響くとても素晴らしいものです。
「つま」が世間に浸透するようになったのは江戸時代、刺身が庶民にも根づきはじめた頃。少しでも保存期間をのばす為、またお口直しや消化を助ける薬の役割として、殺菌効果、解毒効果のある食材が使われました。
私たちが想像する最も一般的な「お造り」といえば、大根の「けん」に紫蘇、赤身や白身、イカの刺身などを山から川が流れる情景を思わせるように盛り込む「山水盛り」。季節感を表現する「つま」、そして「辛味」にはわさび、調味料は醤油がテッパンですが、醤油が庶民にも手軽に手に入るようになったのは江戸時代後期になってから。それ以前は酢を中心に、種々の辛味を加えるなど、様々な知恵と工夫が凝らされていました。
山水盛り(イメージ)
ここで、真似したくなる?!現代とちょっと異なる、江戸時代のつまと調味料の使い方をご紹介します。
〇“うど”のけん
〇白身魚には大根おろし
(そのまま、もしくはしょうゆを少したらす。喜多川歌麿の画『料理をする母娘』にも、刺身の造りの傍らで大根をおろす姿が描かれています。)
〇鰹には辛子を薬味に、辛子味噌、辛子酢、辛子醤油など
〇山椒味噌
〇酢味噌
(“鯉のあらいと酢味噌“は江戸時代の名残といえます)
〇煎り酒
(江戸時代になり新たに登場した刺身には欠かせない調味料。近年では伝統的調味料として再び注目されて市販もされています)
イワシの酢締めに溶きがらし(イメージ写真)
いかがでしょうか?100万人都市と言われた江戸はグルメが発達した時代、美味しく食べることに貪欲だった?!江戸っ子になんだか親近感が沸きますね。
そして、今一度、皆さまに念押しです(笑
「つま」は、単なる料理の情景の演出だけではなく、一緒に口にして刺身を一層引き立て、より健康に食する役割があります。是非に!「つま」を残さずに食べましょう。また、造る側は、食べられる量の「つま」を盛り込むよう心がけたいものですね。
さて、ここからは「つま」の名前の由来について、少しマニアックな話です💦
「つま」は漢字にすると、
①【妻】が刺身(=主人)に寄り添う、夫婦に例えられて、
②【褄】は「端」を意味し、刺身の「端」に添えることから、
それぞれの字が語源とされています。
と、ここまではよく聞くお話でありますが、ここにはなるほど~!な、日本の建築様式文化との共通認識があります。
建築用語で「切妻屋根」、「切妻造」(きりづま)といえば、本を開いて伏せたような山形の屋根をもつ建物を指します。建物の各面の呼び方としては、屋根の棟と並行な面を「平」、屋根の棟と直角な面を「妻」といい、入口をどこにつけるかにより、【平入(ひらい)】と【妻入(つまい)】の2種に分けられます。
日本の建築では、長辺側(平側)を正面とすることが多く、向かって左右の端、つまり妻側に今でいう寝室の【妻屋】を配置したことからその名がきています。逆に妻側を正面にした場合でも、入口と反対側の妻側に【妻屋】が配置されていました。
平入(イメージ)
また参考までに、社殿建築は切妻造りを基本とし、例えば伊勢神宮(内宮正殿)は【平入】、出雲大社(本殿)は【妻入】となっています。
さて、話を戻します(笑
刺身の造りの【妻】・【褄】の字の由来には、建築様式にもその共通認識がありました。というお話でした。
日本文化。奥深いですね…。
「つま」にまつわる荒川先生のお話はいかがでしたか?先生もおっしゃるように、日本の文化って奥が深くてとっても滋味豊かですよね。皆さまもご自身で、ちょっとした日ごろの疑問を調べてみると、思わぬ発見や驚きがあるかもしれませんね♪